リジン、スレオニン、メチオニンに至る生合成経路の初発酵素であるアスパラギン酸キナーゼ(AK)の活性は、それら系の最終産物あるいは中間体によるフィードバック阻害によって制御されている。AKはアミノ酸生合成を担う重要な酵素であるにも関わらず、活性制御の機構に加えて触媒残基等の活性発現に重要なアミノ酸残基すら、全く解析されていない。Thermus属細菌のAKは遺伝子の同一の読みとり枠から翻訳され生じる2つのサブユニットがそれぞれ4個ずつ結合したα_4β_4のヘテロ8量体を構成するスレオニン感受性の酵素である。本研究では、ThermusのAK保存残基の役割を解明することを通じ、AKの触媒機構を明らかにすると共に、タンパク質工学的な手法を用いて個々のサブユニットに機能を明らかにし、フィードバック阻害の機構を解明することを目的とした。AK間で高く保存されている残基を30程度選択し、Ala scanning mutagenesisを行なったところ、T47がアスパラギン酸との結合に、K7及びE74が触媒機能に関わることが示唆された。また、反応のMgイオン濃度依存症の変化から、Mgイオンの結合に関わる幾つかのアミノ酸残基を明らかにした。これまでに我々が行ったAK遺伝子破壊の実験から、ThermusにおいてはAK遺伝子はただ1種類であり、リジン生合成系がAKと独立して存在することが示唆された。そこで、化学変異剤処理によりThermusのリジン栄養要求変異株を取得し、その栄養要求性を相補するThermusのDNA断片をクローン化した。塩基配列決定の結果、同DNA断片には、ホモアコニターゼ遺伝子ホモログが見いだされた。クローニングの宿主として用いたThermus変異株の栄養要求がαアミノアジピン酸により回復したことを考え合わせると、Thermus属細菌では、これまでに細菌では知られたことのないαアミノアジピン酸経路でリジンが生合成されていると考えられた。さらに、ホモアコニターゼ遺伝子ホモログの周辺には、ホモクエン酸合成酵素のほかに、アルギニン生合成系の酵素ホモログをコードすると予想される遺伝子が存在していた。Thermusでは、染色体の他の部位にアルギニン生合成遺伝子が見いだされているとから、今回見いだされた遺伝子の機能に興味が持たれたが、それらの遺伝子破壊株は1つを除きいずれもリジン要求性を示し、これらが、新規のリジン生合成酵素遺伝子クラスターを形成していることが明らかになった。
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