リジン、スレオニン、メチオニンに至る生合成経路の初発酵素であるアスパラギン酸キナーゼ(AK)の活性は、それらの系の最終産物あるいは中間体によるフィードバック阻害によって制御されている。これまで、スレオニンにより阻害されるThermusのAKを用いてその保存残基の部位特異的変異から、幾つかの活性に関わるアミノ酸残基を同定してきた。本年度は、リジンとスレオニンの共存下においてのみ阻害が観察されるBacillus subtilisのAKIIIの遺伝子をクローン化し、大腸菌から精製した酵素を用いてその性質を解析した。その結果、予想通りリジンとスレオニンによる協奏的阻害が観察されたことに加え、非常に興味深いことに、同酵素は単量体であることがわかった。これまでに見いだされた、全てのAKはオリゴマー酵素であり、フィードバック阻害はサブユニット間相互作用の複雑な変化により引き起こされるものと考えられたが、AKIIIでは阻害機構がよりシンプルである可能性が示唆された。一連の研究により、Thermusでは、リジンはAKを介さない経路(αアミノアジピン酸経路)で合成されることを見いだした。しかしながら、その経路は通常のカビ・酵母で見られるものと異なり、経路の後半はアルギニン生合成と似た反応によることが遺伝子の塩基配列から示唆された。本研究の開始までにクローン化されていた遺伝子の産物の活性検定は難しかったが、新たにクローン化されたargDのホモログ(lysJと命名)が実際にリジン生合成に関わることが明らかになった。また、その一方で、LysJはリジン生合成の推定基質よりもアルギニン生合成中間体の方をより良い基質とすることが明らかになった。これは、Thermusの生育におけるアルギニン生合成の重要性を示唆すると同時に、リジン生合成とアルギニン生合成が進化的に関連することを示すことになった。
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