Pseudomonas avenaeは単子葉植物を宿主とし、褐変、茎の屈曲等を引き起こす植物病原細菌である。本菌の菌株間における宿主特異性は厳密であり、例えばイネ以外を宿主とする菌株はイネに病気を引き起こすことが出来ず、イネを宿主とする菌株は他の単子葉植物に病気を引き起こすことが出来ない。これまでの研究で、この菌の鞭毛を形成するフラジェリンタンパク質が植物の認識に関わっている可能性を示した。そこで、P.avenaeの鞭毛タンパク質フラジェリンを介した認識と抵抗性誘導の分子機構を明らかにすることを目的として、相同組み換えによるフラジェリン欠損株の作出を試みた。マーカーイクスチェンジ法により、親和性菌株(N1141)と非親和性菌株(K1)のフラジェリン欠損株の作成を試みたところ、N1141株では2株、K1株では3株の欠損株が得られた。次に得られたフラジェリン欠損株を用いて、イネ培養細胞における過敏感細胞死誘導について解析を行ったところ、N1141フラジェリン欠損株はN1141野生株で見られる過敏感細胞死誘導能を失っていたが、K1フラジェリン欠損株はK1野生株と同様、ほとんど細胞死を誘導しなかった。次に、抵抗性関連遺伝子の発現について解析したところ、EL2やEL3の抵抗性遺伝子の発現誘導能も欠失していることが明らかとなった。一方、同様に非親和性菌株特異的に誘導されるPALやCht-1遺伝子は非親和性フラジェリン欠損株を接種した培養細胞でも野生株と同様に発現が誘導されており、これら遺伝子の誘導はフラジェリン分子の認識とは別の経路によって制御されていることが明らかとなった。さらに、抵抗性誘導に重要な役割を示すと考えられている活性酸素の生成についても解析を行った結果、非親和性フラジェリン欠損株と野生株を接種した培養細胞とでは活性酸素生成に違いが認められなかった。この時、欠損株を接種した培養細胞では細胞死が誘導されていないことから、イネ培養細胞における過敏感細胞死誘導には活性酸素が直接関与していないか、または活性酸素とそれ以外の因子の協力が必要であることを示している。本研究によって初めてフラジェリン認識の情報伝達機構の一端を明らかにすることが出来た。
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