環形動物スピオ科に属する多毛類は、さまざまな石灰気質に穿孔する種と、岩盤の隙間、砂泥底等に生息する穿孔しない種がいる。穿孔するかしないかということは、穿孔という一つの能力を持つか持たないかによりただ単に生息タイプが異なるのみならず、進化の方向をも示唆する大きな特性であることが考察されている。本研究は、有用貝類に穿孔することにより防除・駆除の対象となるスピオ科多毛類の生物学的特性を明らかにし、包括的に「穿孔」という特性を捉え、その穿孔機構の解明を目指すものである。 本年度は、多毛類がつくる孔道の内表面に現れる特徴的な微細構造の変化や同心楕円状の小孔が何によってどのようにつくられるのかを推察することを試みた。生体の観察と電子顕微鏡を用いた観察の結果より、多毛類の体全体から分泌される物質によって最初に貝殻の有機成分の結合が弱まり、それに各体節に存在する腹足肢剛毛や大きく変形した第5剛毛節剛毛での物理的な磨耗が加わり、孔道全体の伸長・拡大が進むと推察された。同時に、孔道の内表面を観察すると、多毛類は孔道の伸長方向に対し、上下運動と回転運動の両方を行っていることが推察された。多数の同心楕円状の小孔の微細構造の特徴から、多毛類の休全体から出る物質は、酸であることが示唆された。また、特定の時期にのみ出現する球状物質と各体節にある粘液腺は、組織化学的には異なることがわかった。
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