今年度は太平洋と大西洋の産卵場における海洋環境条件の比較研究解析を中心に行った。大西洋ウナギ(ヨーロッパ種とアメリカ種)と太平洋ウナギのシラスの資源量変動は、1975年前後を境として大幅な減少傾向に転じている。1975年という年は、clim atic regime shiftとして知られる地球規模の気象海洋変動が起きた年であり、太平洋と大西洋の気象状態を示す南方振動指数と北大西洋振動指数の正負の逆転が起こっていた。この年以降、太平洋では、短期的にはエルニーニョが頻発し、長期的にはニホンウナギの産卵海域と密接な関係があるとみられる北赤道海流域の塩分フロントが北上するようになった。両現象とも、ウナギ幼生の東アジアへの効率的な輸送には適さないため、東アジアに来遊する資源量の大きな減少は、北赤道海流域における稚仔の輸送拡散で十分説明が付くことが分かった。一方、大西洋ウナギは、大西洋の亜熱帯循環の中に位置するサルガッソー海周辺の水温フロントの南側で産卵を行うことが知られており、水温フロントが親魚の産卵回遊の目印になっていると考えられている。一般に、この水温フロントの北側は低温・低塩分水で、南側は高温・高塩分水で覆われているが、1975年以降は、北側で高水温、南側で低水温のアノマリーが卓越するようになった。つまり、1975年以降は、水温フロントの南北勾配が小さくなっていることを意味し、水温フロントが産卵回遊のための目印としての役割を果たせない状態であることが分かった。結論として、生息海域が異なっても、産卵の目印となる塩分フロントや水温フロントの数十年スケールの長期変動が、近縁三種の資源量変動を規定している可能性があることを示した。
|