研究概要 |
本種の卵母細胞は,体内で受精し輸卵管に入る直前までやや不定形であったが,摘出して低張なリンゲル液に移すと直ちに吸水して球形となり,続けて正常な成熟分裂と発生とを行った。輸卵管に入った卵は,まず一個ずつ囲卵腔液(卵白)と卵膜とに包まれ,管内を通過中は次第に膨潤し球形となるが,GVBDは産卵直前まで,極体放出と卵割は産卵直後まで抑制されていた。この抑制は,卵が囲卵腔液および卵膜に包まれるためと推察された。そこで,産卵直後の卵を卵膜ごと卵紐・ゼリー層から単離し,0〜1000mMのマンニトール液に浸漬すると,極体放出・発生はヘモリンパ液および生殖腔液より高張の140mM以上で起こらず,低張の80mM以下でのみ起こった。従って,淡水中への放卵,すなわち浸透圧低下が極体放出・発生を直接誘発すると考えられた。成分分析の結果,囲卵腔液中にはタンパク質(卵白),遊離アミノ酸,グルコースなどが含まれ,また種々の溶液への浸漬実験では,卵膜は卵白等高分子物質を通さず,専ら低分子物質を速やかに通すことが判明した。輸卵管内で卵膜は膨張状態を保つので,囲卵腔液はコロイド浸透圧で周囲の体液より常に高張であり,それが体内で極体放出・発生を抑える要因と考えられた。 以上,本種の卵完熟・発生を体内で抑制する機構が明らかになったので,次にその内分泌支配を検討した。産卵誘発刺激(濁水→清水)後,直ちに脳神経節の後背細胞(CDC)から産卵ホルモン(CDCH)の放出があり(MALDI-MS法),20℃,3時間で90%以上の個体が産卵した。ヘモリンパ中のβ-エクジソン濃度は刺激後増加し,90分後の卵白分泌期,即ち卵のpackaging初期に最大となった(HPLC-EIA法)。本ホルモンは,卵白腺の分泌,およびヴェリジャー幼生の延命・変態を促進したことから,浸透圧を介して体内で卵完熟・発生を抑制し,さらに一部が囲卵腔液中に貯留して変態等に関与している可能性がある。一方,α-エクジソンは産卵直前に最大濃度となったが,その作用は不明である。
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