1.記憶や学習の基礎的要素の1つと考えられているシナプス可塑性に、シナプス後ニューロンからシナプス前ニューロンへのシグナル(逆行性シグナル)が重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。本研究では、そのような逆行性シグナルの実体およびその発生・作用メカニズムの解明を試みた。 2.昨年度は、抑制性シナプス伝達の短期可塑性の一つである"depolarization-induced suppression of inhibition(DSI)"という現象を、ラット海馬ニューロンの単離培養系で再現し、その発現に逆行性シグナルが関与していることを確かめ、さらにDSI発現の性質について詳しく解析した。 3.本年度は、同じ実験系を用いて、DSIに関与する逆行性シグナルの実体の解明を試みたところ、以下の結果を得た。 (1)カンナビノイド受容体アゴニスト(WIN)を投与すると、抑制性シナプスの約6割でシナプス伝達の抑制が見られた。 (2)DSIの起こるシナプスでは、常にWINの抑制効果が見られたが、DSIの起こらないシナプスでは、多くの場合WINは無効であった。 (3)WINは、シナプス後ニューロンのGABA感受性を変化させずに、paired-pulse比を上昇させることから、WINはシナプス前終末のカンナビノイド受容体を活性化し、終末からの伝達物質の放出を抑制させると考えられた。 (4)カンナビノイド受容体アンタゴニストは、WINの抑制効果およびDSIを阻害した。 4.以上の結果より、DSIの発現にはシナプス前終末のカンナビノイド受容体の活性化が必要であることが判明した。内在性カンナビノイドとしては、アナンダマイドと2-AGが知られているが、DSIを媒介する逆行性伝達物質がどちらであるのかについては今後の課題である。
|