本研究では、遺伝子導入法を用いて、ERK、JNK、AP-1の糸球体障害の発症・進展における役割、さらに、TGF-β1の過剰発現の分子機序についても検討した。 (1)培養メサンギウム細胞を用いて、メサンギウム細胞の増埴の分子機構を検討した。PDGF刺激によりメサンギウム細胞でERK、JNK、AP-1が活性化され、さらに増埴した。ERK、JNK、c-Junのそれぞれのドミナントネガテイブ変異体の組み換えアデノウイルスを作製し遺伝子導入することによりメサンギウム細胞の増埴は有意に抑制された。すなわち、ERK、JNK、c-Junがメサンギウム細胞の増埴に関与している。(2)TGF-β1の糸球体細胞での過剰発現は糸球体障害から糸球体硬化に至る共通のメカニズムと考えられている。そこで、TGF-β1のプロモーター遺伝子を培養メサンギウム細胞に遺伝子導入することにより、TGF-β1の過剰発現に関与するシグナル伝達系、特にMAPキナーゼやAP-1の関与を中心に検討した。PDGF刺激によりTGF-β1のプロモーター活性は上昇したが、その上昇にERKやAP-1が関与していることがわかった。このようにMAPキナーゼやAP-1はメサンギウム細胞の増埴やTGF-β1の過剰発現に関与していると考えられる。(3)抗thy1抗体投与によるラット糸球体腎炎モデルを用いて糸球体腎炎の発症・進展におけるMAPキナーゼとc-Junの役割を検討した。糸球体腎炎の発症により糸球体細胞でERK、JNK、AP-1の活性化が生じた。ERK、JNK、c-Junのそれぞれのドミナントネガテイブ変異体を作製しHVJ-リポソームに封入し、ラット大腿動脈を介して腎動脈内から腎臓内に注入することにより遺伝子導入した。そして、糸球体腎炎の発症・進展に対する抑制効果について検討するために、ノーザンブロット法により糸球体でのTGF-β1、コラーゲン、フィブロネクチン等の遺伝子発現、糸球体細胞の増殖への効果を調べたが、抑制効果は有意でなかった。その理由として、in vitroと違って、in vivoでの遺伝子導入による糸球体細胞内での蛋白の発現量が十分でないことが挙げられる。しかしながら、in vitroでの遺伝子導入実験からMAPキナーゼやAP-1は糸球体硬化に重要であることが示唆された。
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