我々は哺乳類の性決定とその病態の分子機構の研究を進めている。最近、この分子機構を制御する転写因子群が明らかにされつつあり、それらの蛋白質間の相互作用の解明が重要なテーマとなっている。我々はこれまで精巣の分化を誘導することが知られていた転写因子SRYが、がん抑制遺伝子産物として知られるWT1と協調的に機能することを示唆する以下のような結果を得た。 1)WT1はin vitroおよびin vivoにおいてSRYと直接結合する。 2)WT1はSRYと協調的にSRY結合配列を持つプロモーターやSRY遺伝子のプロモーターからの転写を活性化する。 3)性腺形成不全を伴う合併疾患Denys-Drash症候群(DDS)に見られるWT1変異体は、SRYとの協調的な転写活性化能を失っている。 4)野生型WT1はSRY依存的にSRY結合配列上にリクルートされるが、DDSの変異体ではこの活性が低下している。 WT1はそれ自体が直接DNAに結合する転写因子であり、p21のような細胞周期の制御因子やamphiregulinのような増殖因子の発現を誘導するが、上記の結果はWT1がSRYのような転写因子と結合して間接的にDNA上にリクルートされることにより転写を調節する機能を有することを示唆している。その最終的な意義付けは、WT1とSRYの複合体により発現調節を受ける標的遺伝子の同定を待つしかないが、現時点ではDDSのような性腺の形成不全を起こすWT1の変異体は、少なくともSRY遺伝子自体の発現誘導を起こさないことから、WT1とSRYの結合および協調的な転写の活性化は、ヒトの性決定と性腺の形成不全のような病態に関わる重要な現象であることが示唆される。 現在、WT1とSRYを同時に発現する細胞株を樹立して、渡辺慎哉博士(東大医科研)との共同研究としてマイクロアレイを用いた標的遺伝子のスクリーニングを行っている。
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