種々のヒト乳がん細胞株におけるc-kitレセプター・チロシンキナーゼ(KIT)の発現を抗KIT抗体を用いたフローサイトメトリーによりしらべ、MDA-MB-231細胞株ではKITの発現が消失していることを見い出した。このMDA-MB-231細胞株にマウスc-kit遺伝子を導入してKITを過剰に発現するMDA-MB-231(MDA-MB-231^<KIT>)細胞を作製し、以下の実験を行なった。培地にKITのリガンドであるstem cell factor(SCF)を添加するとMDA-MB-231^<KIT>細胞では生存細胞数が増加し、[^3H]-thymidine取り込み法によりSCFに対して増殖反応を示すことがわかった。次に、MDA-MB-231^<KIT>細胞とMDA-MB-231細胞を経腹腔的にヌードマウスの心臓左心室に注射して動脈行性骨転移を促し、これらの細胞の骨転移率を比較した。MDA-MB-231^<KIT>細胞の骨転移率はその親細胞であるMDA-MB-231細胞を注射した場合に比べて高く、その転移巣はMDA-MB-231細胞の転移巣よりも大きかった。従って、乳がん細胞ではSCF/KITシステムは増殖シグナルとして作用すると考えられた。また、生体内ではSCF/KITシステムが細胞間接着因子として作用し、がん細胞の骨髄での生着を促している可能性もある。一方、KITの機能を喪失するミュータントマウス(W/W^vマウス)と正常(+/+)マウスにおける実験的乳がんの発生率をしらべると、+/+マウスの方がW/W^vマウスよりも乳がんの発生率は高い傾向を示したが、多くのマウスが膀胱の拡張による腎不全のために死亡した結果、生存したマウス数は少なく一層の検討を必要とした。
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