本研究の目的は、高齢期の咀嚼機能が全身の身体的・精神的・社会的健康状態にどのような影響を及ぼしているかを調べることである。初年度の研究結果より、ADL低下の初期段階より咀嚼機能の低下が観察されたことより、2年次の本研究では、特に虚弱老人の咀嚼機能に着目して調査を行った。 対象者として、宮崎県延岡市内に居住している健康老人100名と虚弱老人100名を用いた。年齢と性別については両群間でマッチングさせた。咀嚼機能を評価するために、ここでは感圧フィルムを用いたプレスケール法による最大咬合力、現在歯数、咀嚼スコア等の測定を行った。また、移動、食事、着衣、入浴、排泄の基本ADLと、より高次の生活活動能力についても老研式生活活動指標を用いて評価した。さらに、精神的健康状態をみるために改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を用いて評価した。社会的健康状態については、PGCモラールスケールを用いて評価した。 データ解析の結果、現在歯数に関しては虚弱老人と健康老人の間に有意差は認められなかったが、最大咬合力については虚弱老人において有意に低い値を示した。このことは、虚弱老人では現在歯数の減少が表面上認められなくても、ADLの低下の初期段階より先行して咬合力が低下する可能性を示唆していた。また、HDS-Rスコアを用いて高齢者の知的機能と咀嚼機能との関連性を調べたところ、両者の間に有意な関連性が認められた。このことは、咀嚼機能と脳機能に関する基礎的研究結果を裏付けるものであり、今後追跡調査の必要性があると考えられた。また、昨年同様、PGCモラールスケールで評価されたQOLの3つの階層(心理的動揺・安定に関わる因子、老化に対する態度に関する因子、孤独感・不安感に関わる因子)のうち、特に「老化に関わる因子」が咀嚼機能と強く関係していた。
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