本年度では、昨年度より調査を行っている高齢者の認知機能と咀嚼機能との関連性について、より詳細な分析を行った。また、本年度は本研究の最終年度にあたるため、今までに蓄積された断面調査のデータを用いて縦断研究を行い、高齢期の咀嚼機能の変化と全身の健康状態の変化との関連性を調べた。 まず、認知機能と咀嚼機能の関連性であるが、年齢、基本的ADL、性別などの交絡要因を除くために、これらの要因についてマッチングさせて解析を行った。対象者は44名の痴呆老人と44名の非痴呆老人であった。この両群において、最大咬合力、咬合面積、現在歯数、摂取可能食品から求められた咀嚼スコアについて調べたところ、非痴呆老人群は痴呆老人群と比較して有意に高い咀嚼機能評価値を示した(P<0.05)。 次に、縦断研究の結果であるが、研究期間内に認められた咀嚼機能の変化が、老研式活動能力指標で評価された高次ADL、HDS-Rで評価された認知機能ならびにPGCモラールスケールで評価されたQOLレベルとどのような関連性を有するのかを調べた。咀嚼機能の変化については、最も客観性に優れ、歯科治療などの咬合・咀嚼機能の変化を鋭敏に反映する最大咬合力を指標として、「咀嚼機能上昇群」、「変化なし群」、「低下群」の3群に分けた。その結果、咀嚼機能の変化は、高次ADLならびに認知機能の変化と有意に関係していた(P<0.05)。すなわち、咀嚼機能が低下した者に、高次ADLや認知機能が低下した者が多かった。一方、咀嚼機能変化とQOL変化との間には有意な関連性は認められなかった。これらの結果より、咀嚼機能の変化は身体的・精神的・社会的健康状態と密接に関係していることが明らかになり、高齢者の咀嚼機能の改善は口腔保険のみならず全身の健康状態の向上にも寄与することが示唆された。
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