研究概要 |
4〜8週齢のWistarラットにサリン類似物質[bis(isopropyl methyl)phosphonate,(BIMP)](0.4mg/kg)とソマン類似物質[bis(pinacolyl methyl)Phosphcmate(BPMP)](4.0mg/kg)をそれぞれ静脈内注射し、30分、60分、90分後に屠殺し、それぞれ[30]、[60]、[90]群として脳を摘出した。投与後30分以内に死亡したものは[D]群とし、陰性対照群には生理的食塩水を投与し、[C]群として同様に処理した。各個体の脳をその重量の2.5倍量の緩衝液A(20mM Tris-HCl, pH7.4,0.1mM PMSF,1mg/l leupeptin)中でホモジナイズ後、1,000g10分間遠心した(沈査:P1')。この上清を10,000g60分間遠心後(沈査:P2')、この上清をさらに100,000g60分間遠心して細胞質(S)画分を得た。P1'とP2'を1%cholic acidを含む緩衝液Aに懸濁し、一晩振盪混和後、10,000g60分間遠心してそれぞれの上清をP1(核画分)、P2画分(細胞膜画分)とした。 生存群ではBIMP、BPMPのいずれの投与によっても全身性の痙攣が惹起され、さらにPLC活性は細胞膜画分、細胞質画分共に投与後90分まで経時的に上昇していた。これらの結果から、細胞膜に分布し、ムスカリン性アセチルコリン受容体刺激により活性化されるPLCβのみならずPLCγ活性も上昇しているものと考えられた。 次にチロシンとスレオニンのdouble phosphorylated proteinの検出を行ったところ、(S)画分で[60]群をピークとした54kDa付近のリン酸化バンドと41〜45kDaの範囲に微弱な2本のバンドが認められ、これらはそれぞれJNKおよびMAPKであると考えられた。MAPKならびにJNKの検出では、両者とも(S)画分の[30]群をピークとして増減した。活性型JM(はP1画分で、[30]、[60]群をピークとした増減を示した。P2画分におけるMAPKは明らかな変化が認められなかった。 これまで、神経剤は有機リン酸部分がアセチールコリンエステラーゼの活性中心のセリン残基に結合して酵素活性を失活させ、毒性を発現するとされていたが、これらの結果は、BIMPあるいはBPMPが細胞内シグナル伝達の主要な経路を活性化し、非コリン性に毒性を発現することを示しており、有機リン剤の毒性の発現機序を多方面より解析する必要性が考えられた。 さらに、サリンに対する解毒作用が知られている有機リン化合物水解酵素であるHuman serum paraoxonase(PON1)の多型を地下鉄サリン事件被害者10例について検討してみたところ、7例はサリン解毒作用の強い型であり、遺伝的素因である内在性酵素のサリン解毒作用は地下鉄サリン事件の被害の拡大に何ら影響を及ぼさなかったものと考えられた。
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