研究概要 |
肝細胞増殖因子(HGF)は受容体蛋白であるc-Metを介して神経栄養因子として働いているという仮説が示されている。一方ヒト脳を用いた研究は少なく、Fentonらによれば大脳皮質、白質ともにグリア細胞にHGF局在を認めた他、一部の神経細胞にも陽性所見のあることを報告している。我々はHGF,HGFA(HGF活性化因子),HAl(HGFA抑制因子)-1の脳内発現が白質アストロサイトのみで認められることを明らかにした。これまでの実験からアストロサイトで産生されるHGFがミクログリアに作用し、gelatinase Aの産生を亢進させ、大脳白質では老人斑を形成させないよう、防御的に作用している可能性とアルツハイマー病ではHGF,HGFAおよびGelatinase Aの染色性が強く、これらの分子は脳内に高濃度存在する可能性が示唆された。以上の研究結果の蓄積をふまえ、今回の研究では(1)HAl-2の正確な局在と発現細胞を知り、(2)また高感度のELISAの系を確立し、脳脊髄液中のHGF濃度の測定を試み、アルツハイマー病の診断に寄与しうるか否か検討した。その結果 1)HGFの局在は中枢神経系では白質アストロサイトであることを再確認した。またHAl-1の局在も同様白質アストロサイトであった。さらに今回新たにHAl-2に対する抗体を用いて行った結果でHAl-2についてもアストロサイトであることが明らかになった。しかしながらHAl-1と異なり、HAl-2は皮質と白質両者のアストロサイトに局在した。in situ hybridization histochemistryでのmRNAの発現も同様であることを確認した。またアルツハイマー病での発現はHAl-1と異なり減少を認めなかった。今回の結果はHAlの中でもHAl-2は大脳で広範にHGFAの作用に対して抑制的に作用する可能性が示唆された。 2)高感度ELISA法によって各種神経疾患患者からの脳脊髄液中のHGF濃度を測定したところ、必ずしもアルツハイマー病のみで高濃度ではなかった。むしろ白質病変との関連が示唆された。たとえば尚未発表であるが、アルツハイマー病でも白質病変の強い症例で高値であった。 この結果脳脊髄液中のHGF濃度の測定はむしろ白質を障害する炎症性疾患(例:HAM)の診断や経過予後の判定に有用と考えられた。
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