活性酸素産生に伴う血管床における酸化的ストレスの増大は動脈硬化や高血圧性血管障害など種々の病態の形成や、虚血性心疾患の発症にも大きく関わっている。血管床の酸化的ストレスは、活性酸素産生系とそれを消去する活性酸素防御系とのバランスにより決まり、それぞれが巧妙に調節されている活性酸素防御系としては、superoxide dismutase(SOD)、catalaseやglutathione peroxidase(GPx)、thioredoxin(TRX)、glutaredoxin(GRX)などの抗酸化酵素が、協調的に酸化的ストレスに対する生体防御系として働いている。本研究は、血管細胞における活性酸素防御系としての抗酸化酵素の遺伝子発現調節機構を検討し、抗酸化酵素遺伝子導入による血管病変形成に対する遺伝子治療の可能性の探究するものである。 ズリ応力や、伸展張力などの機械的刺激は、血管細胞における遺伝子発現調節に深く関わっている。そこで、ズリ応力の培養血管内皮細胞におけるGPx遺伝子調節における影響を検討した。血管内皮細胞にズリ応力を負荷することにより、GPx遺伝子は強度依存性、時間依存性に増加した。また、この効果は、内皮型NO合成酵素の阻害剤にても影響されないことより、一酸化窒素は関係しないと考えられた。 次に、冠動脈平滑筋細胞におけるTRX/GRX系の発現調節に検討した。培養冠動脈平滑筋細胞(HCASMC)に、過酸化水素を負荷することにより、TRX/GRX系の発現は増強したが、TNFを負荷することにより、TRX/GRX系の発現は減弱した。このように、培養血管細胞にいては、炎症性サイトカインや機械的刺激によりその発現が調節されていることが明らかとなった。 さらに、ヒト冠動脈における抗酸化酵素の発現動態を検討するために、剖検時の冠動脈標本を用いて免疫組織学検討を行った。動脈硬化を伴う冠動脈では、TRX/GRX、GPxの発現亢進が、中膜平滑筋細胞や浸潤する炎症細胞において認められた。このように、血管床においては、種々の抗酸化酵素が、炎症性サイトカインや血行力学的外力により巧妙に調節されており、血管局所において、生体防御系として重要な働きをしている。これらの所見は、遺伝子導入によりこれら抗酸化酵素を修飾することが、新たな血管病変形成の治療法となりうるものを示唆するものである。
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