研究概要 |
短時間の心筋虚血が先行により、その後の長時間の虚血に伴う心筋壊死や心機能低下が軽減する現象はischemic preconditioning(IP)と呼ばれ、虚血性心疾患における重要な防御機構である。IPは二つの相、early windowとlate windowに区別されているが、early windowにおけるIPにはATP感受性K電流の活性化や、L型Ca電流の抑制による細胞内Ca負荷の軽減など、細胞膜イオン電流の変化が重要な役割を果たしている。 これらイオン電流の変化を含め、IPが起こるためにはadenosine,norepinephrine,angiotensin II,endothelin等の生理活性物質が心筋に作用する必要があるとされている。一方、最近培養単離心筋を用いた実験系において、短時間の低酸素前処理がその後の低酸素負荷時の細胞拘縮の割合を減少させ、遊離酵素濃度を低下させることが報告されている。 この現象は生理活性物質を要しない一種の単一細胞レベルでのIPとも受け取れる。本研究では成熟動物より単離した心筋細胞におけるIP発現の可能性について、細胞膜電位を中心に検討した。また生理活性物質の中でも最も作用が確立しているadenosineとその加水分解前の前駆体であるATPについて、L型Ca電流を指標として関与する受容体と細胞内伝達機構を中心に検討した。またIPとは異なるが、新生児の心筋には虚血耐性と称される心筋細胞保護機序が働いている。新生児心筋のadenosine及びATPに対する反応も成熟心筋と比較することにより、心筋細胞の虚血耐性の機序につき検討した。得られた結果から以下のことが明かとなった。急性虚血疾患時に働く心筋保護作用であるIPを単一細胞レベルで再現ができるかを検討した。心筋細胞に短時間のNaCN負荷を先行させても細胞障害は阻止できなかった。一方adenosineはATP感受性K電流の活性化を促進し細胞障害を減弱させることが示唆された。即ちIPの発現においては何らかの生理活性物質が、少なくとも新鮮に単離された細胞においては、必須であることが示された。IPをもたらす生理活性物質としてはadenosine以外にも幾つかのものが知られているが、本研究ではATPとPGR1もその候補物質であることが示された。
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