研究概要 |
我々は組織選択的に遺伝子をノックアウトする手技(Cre-loxP法)を用いて,EGFなどの刺激伝達に関与するシグナル伝達分子であるStat3を表皮特異的にノックアウトしたマウスを作成し,本分子の表皮角化細胞における機能を明らかにした。Stat3は従来のノックアウトの手法によって致死となり誕生しない。そこで皮膚におけるStat3の機能を調べるため角化細胞特異的遺伝子破壊法を用いた。このStat3ノックアウトマウスは正常に誕生し,皮膚および毛包などの付属器の発生に異常は見られないが,皮膚創傷治癒の遅延および第2毛周期の欠落を認めた。さらにこのマウスは加齢とともに皮膚に自然発症的に潰瘍を形成し,脱毛をきたす。培養細胞を用いた実験によりこのマウスの角化細胞は成長因子依存性の遊走能に障害が認められた一方,増殖能は正常に保たれていた。以上の結果により,角化細胞Stat3は皮膚および付属器の器官形成に必要ではない一方,角化細胞の遊走に関わるシグナルの伝達に関与し,毛包成長や創傷治癒などに必須の分子であることを示唆した。しかし、野生型マウス同様,Stat3-/-マウスにおいても抜毛やPMA塗布により毛包成長が起こることを見出した。これにより,毛包成長は少なくともStat3依存性および非依存性の2つの機構が存在することを示す。培養細胞の遊走実験より,Stat3非依存性の角化細胞遊走はProtein kinase C(PKC)の活性化に依存して起こること,さらにSTAT3依存性,非依存性いずれの遊走もPhosophoinositide3-kinase(PI3K)シグナル経路活性化の共存が必要であることが明らかになった。同様に,抜毛による毛包成長誘導もPKC依存性シグナル経路が関与している可能性がある。抜毛による非特異的炎症細胞浸潤が上皮のPKCやPI3Kの活性化を惹起し休止期から成長期へのスウィッチを入れるのかも知れない。これらの結果より毛包リモデリングは、Stat3依存的な自然毛周期および,PKCの活性化を伴う外来刺激の結果おこる毛周期の,少なくとも2つの刺激系で起こりうろことが示唆された。このように毛包上皮が様々なシグナル経路を使い分けていること,あるいはそれらにcrosstalkが存在する事実は今回毛包上皮選択的Stat3欠損マウスを解析することにより初めて明らかになった。
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