アルツハイマー病の記憶障害を主とする痴呆症状の臨床病理学的関連を明らかにするために、晩発性孤発性発症の22例を用いて、記憶機能の中枢である海馬皮質における無傷の神経細胞と細胞内の神経原線維変化(intracellular neurofibrillary tangle;i-NFT)と細胞外の神経原線維変化(extracellular NFT;e-NFT)を形態計測学的に検索し、神経原線維変性(neurofibrillary degeneration)に伴う神経細胞死の関与についての検討を行った。臨床症状の重症度を間接的に表す指標として罹病期間を用いた。海馬皮質はCA4、CA3、CA2、CA1、Prosubiculum(PRO)、subiculum and presubiculum(PRE)、parasubiculum(PARA)とenthorinal cortex(ENT)の8つのsubdivisionを検索した。Unaffected neuron密度はPREを除いた全ての部位でe-NFTおよび全NFT(i-NFTとe-NFTの総和)密度と有意な負の相関を示した。検索した部位のなかで、とくにCA2、CA1、PROとENTではunaffectedneuron密度とe-NFT密度の間に強い相関がみられた。Unaffected neuron密度とe-NFT密度はともにCA1とENTで罹病期間の長さと相関していた。i/e-NFT比は神経原線維変性を介した神経細胞死の程度やその進行の速さを表す指標で、アルツハイマー病群で検索した部位の中ではENTは最も低い値を示した。このことはアルツハイマー病の神経原線維変性を介した神経細胞死が、海馬皮質の中で、ENTにおいて最も高度であり、最も早期に、かつ、あるいは最も速く起こっていることを示している。またENTとCA1においてはi/e-NFT比が罹病期間の長さと有意に相関しており、これらの部位では連続した神経原線維変性を介した神経細胞死と平行して痴呆症状が進展していることを示唆している。以上より、アルツハイマー病の記憶障害を主とする痴呆症状の背景には記憶機能の中枢である海馬皮質の中でもENTとCA1の神経原線維変性による神経細胞死が大きく関与していることが明らかになった。
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