本年度は、これまでに引き続き、ミトコンドリア遺伝子異常を有する患者の精神神経学的な精査および臨床検査を施行し、経時的な観察の中で中枢神経障害が進行する症例と中枢神経障害を有しない症例をさらに比較検討した。また新たに、中年なってから精神病様症状を初発症状として発症した発端者を得て、この症例の臨床観察および検査を行い、これまでの研究の対象にした症例との比較検討を行った。ミトコンドリア遺伝子異常を有する患者を8年間追跡調査した結果、各患者の家系内で新しく精神神経学的所見を呈した人はは発端者以外には現れなかった。新たな発端者に関しても、現在までの解析では後記のまとめのとおり従来の対象患者と較べて大きな差異は検出されていない。 うつ病を呈した患者はその後も寛解状態が継続しており、小脳障害も目立っていない。しかしながら、脳卒中様発作を起こした症例では、大脳・小脳萎縮は進行性で、痴呆症状がより悪化した。経時的な臨床観察の結果として、中枢神経障害が進行する症例では、(1)乳酸、ピルビン酸が経時的に上昇する、(2)難聴の進行が急速であるが、その出現時期は様々である、(3)痴呆、失語症が比較的早期に出現する、(4)画像所見では、脳梗塞様の所見に加え大脳皮質の萎縮が加わる、(5)糖尿病、難聴の発生率が高いことが判明した。また、今回新たに加わった症例なども含め、痴呆・失語などは認めないものの、難聴、糖尿病が比較的急速に進行するが、精神症状の持続に関し他ては様々で、乳酸・ピルビン酸値が上昇傾向も一様ではなかった。精神症状のうち、抑うつ状態の持続する患者と一過性の精神病症状を呈した後痴呆状態に移行した患者での症状・検査結果の推移などには、他の中枢神経障害が進行する例との大きな差異は、現在のところ明瞭ではない。 また、老人または老年痴呆患者で見られることが知られているミトコンドリア遺伝子の欠失については、今のところ一定の傾向性を指摘できる結果は得られていない。年齢や臨床経過など様々な要因が影響すると考えられるため、更に分析して検討を加える必要がある。
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