研究概要 |
近年、種々の細胞で酸化還元(redox)制御が細胞の分化機能の維持や増殖に重要な役割を果たしていることが報告されている。そこで、本研究では、2種類の抗酸化剤PDTC(pyrrolidine dithiocarbamate)とNAC(N-acetyl-L-cysteine)が甲状腺細胞の分化マーカーと増殖に及ぼす影響を検討した。ラット甲状腺細胞株FRTL-5を40mMPDTCあるいは20mM NAC存在下で培養後、ノザン法でTG,TPO,Pax-8,TTF-1,GAPDHの各mRNA量を検討し、ゲルシフト法でPax-8,TTF-1,TTF-2のDNA結合活性を解析した。その結果、PDTCはTPO、Pax-8 mRNAを有意に減少させたが、TG,TTF-1 mRNAには変化が無く、GAPDH mRNAは有意には増加した。こうしたmRNAの変化を反映して、Pax-8のTPOプロモーターDNAへの結合活性は低下したが、TTF-1、TTF-2結合活性は変化しなかった。一方、NACはこれらのマーカーに殆ど影響を及ぼさなかった。また、^3H-thymidineの取り込みやWST-1法により細胞増殖を検討したところ、PDTCは細胞増殖を刺激し、NACは影響を及ぼさなかった。しかしながら、TSH刺激による甲状腺細胞の過酸化水素の産生増加をPDTC,NACは共にほぼ完全に抑制した。こうした結果からPDTCの作用は過酸化水素消去を介するものでは無く、PDTCに特有の性質である金属イオンのキレート作用によるものと考えられた。実際、PDTCは細胞内の銅イオン濃度を有意に増加させ、細胞膜を通過しない1価銅イオンのキレーター(BCS)はPDTCの甲状腺に対する作用を完全に抑制したことから、甲状腺細胞の分化マーカーの発現や増殖に1価銅イオンが関わるredox制御が重要な役割を果たしていることが示唆された。
|