研究概要 |
甲状腺ホルモン(T3)受容体(TR)は,遺伝子発現を刺激,抑制する転写因子である.T3が転写を刺激する機序に比べ,T3による抑制のそれは不祥である.刺激される遺伝子では,TRはDNAと強く結合し,T3のない状態で遺伝子上のTRはコリプレッサー(CoR)と結合し転写を抑制,T3との結合によりTRは蛋白構造が変化してCoRを遊離,コアクチベーター(CoA)と結合し転写を刺激する.ネガティブフィードバックを受ける下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)や視床下部のTSH放出ホルモン(TRH)では,T3と結合していないTRは、抑制因子であるべきCoRと結合してネガティブ制御遺伝子を刺激する.TRのDNA結合能は必要ではなく、TRと遺伝子上の他の蛋白との相互作用により発揮される.最近、CoAがヒストンアセチル化(HAT)酵素作用をもつこと、CoRがヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)と結合することがわかってきた.本研究で我々は,HDACの過剰発現によりTSH遺伝子のTRによる刺激が消失すること,さらにネガティブ制御遺伝子の多くはAP1やCREBといった転写因子によって刺激され,これらはHAT活性をもつCBPをTRと共有するが,CBPの過剰発現によってT3による抑制が減弱することを見い出した.HDAC阻害剤によるヒストンのアセチル化やCREBのリン酸化によってTSH遺伝子のT3による制御が消失した.クロマチン免疫沈降法を用いて,TSH遺伝子によるヒストンのアセチル化状態を検討したところ,T3非存在下でTRはアセチル化,T3存在下でTRは脱アセチル化した.以上,TRはT3非存在下でCoRと共にHDACをブロックすることにより結果的にヒストンをアセチル化に導いて転写を刺激,T3存在下でCoAとともにCBPをブロックしてヒストンを脱アセチル化に導いて転写を抑制していることが明らかとなった.
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