肝細胞癌の多中心性発癌例の臨床的解析から、血管造影下CT検査の導入によって、切除前の多中心性肝細胞癌の術前画像診断が可能であることが証明された。この知見から再発肝細胞癌においても、異時性の多中心性発癌例では再肝切除によって長期の生存が得られることを当科の臨床例から証明した。さらに、このような多中心性発癌にいたる免疫学的な機序を解明する目的で、基礎研究を実施した。まず、肝臓局所での免疫学的な観点からの検討として、所属講座のC型肝炎併存肝細胞癌切除症例の末梢血、癌部と非癌部の切除標本を用いて、免疫担当細胞(Tリンパ球)のシグナル伝達に重要なCD3-Zetaの発現を、特異的抗体を用いて細胞生物学的、免疫組織学的検討した。癌の発生していないC型肝炎患者の末梢血Tリンパ球のCD3Zetaの発現は健常者のコントロールと比較して有意に低下しており、さらにC型肝炎併存肝細胞癌切除症例ではさらにD3-Zetaの発現低下が認められた。肝細胞癌患者での比較では、癌の進行例では初期症例に比較して、よりD3-Zetaの発現低下が認められた。多変量解析ではこのD3-Zetaの発現低下に関与する因子として腫瘍の進展度が上げられたが、ALT値やウイルス量とは相関が認められなかった。また、腫瘍内、肝内浸潤リンパ球のD3-Zetaの発現低下は末梢血より低下していたが、腫瘍部と非腫瘍部では差がなかった。このことから、C型肝炎併存肝細胞癌患者の肝臓内は、全体的に免疫抑制状態にあることになり、多中心性発癌が高頻度に起こる要因の一つであるものと考えた。また、C型肝炎併存肝細胞癌患者のD3-Zetaの発現低下の機序の解明の一環として、非腫瘍部肝臓の酸化ストレスによるDNAダメージの指標である8OHdGの陽性率と非腫瘍部のマクロファージ数を検討した。これによると、早期再発群で8OHdGの陽性率は有意に増加していた。さらに、これらの症例では末梢血の血清8OHdGも増加していた。以上より、C型肝炎併存肝細胞癌患者では、肝内マクロファージが活性酸素を産生し、肝細胞DNAにダメージをあたえ、免疫監視機構の低下とあいまって、肝発癌に関与しているものと推定された。
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