我々の220例の順行性選択的脳灌流法(SCP)補助下の弓部大動脈全置換術症例における多変量解析の検討で、脳梗塞の既往歴は術後脳神経障害の独立した予後規定因子であった。脳梗塞の既往歴が術後脳神経障害の危険性を高めることを実験的に立証するため、雑種成犬を用いてシリコン円柱をウイリス動脈輪を超えて、中大脳動脈基部の穿通枝付近に留置し、第一病日に脳梗塞の身体的所見を有し、術後4週間以上経過した慢性脳梗塞犬7頭(脳梗塞群)と正常犬7頭(コントロール群)を用いて灌流実験を施行した。人工心肺確立後、直腸温20度まで冷却し、120分間の順行性選択的脳灌流を行い、その後36度まで復温した。術中送血管および顎静脈に逆行性に挿入したカテーテルから採血をし、顎静脈酸素飽和度(SmvO_2)、動脈-静脈酸素含量較差(AVDO_2)、静脈-動脈乳酸較差(VADL)を1)冷却前、2)SCP開始時、3)SCP60分後、4)SCP120分後、5)直腸温24度、6)直腸温28度、7)直腸温32度、8)直腸温36度、にそれぞれ計測し、2群間で比較した。また血中グルタミン酸濃度を1)冷却前、2)復温後に計測し、2群間で比較した。慢性脳梗塞の作成率は58.3%であった。SmvO_2、AVDO_2、VADLは復温時には両群間で差がみられた。32℃において、統計学的な有意差はなかったもののSmvO_2は脳梗塞群でより低下し(p=0.06)、AVDO_2はより増加した(p=0.34)。VADLは脳梗塞群で有意に上昇した(p=0.006)。グルタミン酸濃度は人工心肺開始時(冷却前)には両群間に差を認めなかったが、復温終了後には脳梗塞群で有意に高値を示した(p=0.046)。術前術後のグルタミン酸較差は脳梗塞群で有意な高値を示した(p=0.01)。7頭のうち、6頭は基底核に梗塞を有し、1頭は前頭葉に広範な梗塞を有し、GFAP抗体を用いた免疫組織染色では梗塞巣周囲にgliosisの発現が確認された。脳梗塞を有する脳では術中脳虚血に陥っていた可能性が高く、術後脳障害の危険性が高まる可能性が示唆された。
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