脳挫傷に代表される脳実質損傷に対しては、未だ病態をふまえた有効な治療法は開発されていない。脳に外力が加わり損傷が起こると、通常出血し、これに続いて凝固系が活性化され、トロンビンが産生される。トロンビンは血液凝固のみでなく、炎症・血管・神経などの多くの領域で多彩な作用を発現する多機能な分子として近年知られるようになってきた。我々は、トロンビンが組織修復に関わっている反面、炎症、グリア反応、間葉系細胞の増殖を誘導することにより、二次的脳損傷や瘢痕化による神経再生の障壁を生じることを示唆してきた。今回我々は、脳損傷の病態の中でトロンビンが有する「脳損傷後の血液凝固系の発現炎症の惹起脳の組織反応」という一連のプロセスを作業仮説の根底に位置づけ検討を行った。実際には、損傷脳においてトロンビンが関与する「炎症」の病態の解明と新しい治療を目的に、ラット脳損傷モデルに対し抗トロンビン剤を投与することにより、トロンビンの炎症作用の機序を炎症性細胞の集簇、血管内皮と炎症性細胞に発現する接着分子の面から解析した。 結果1:選択的抗トロンビン剤であるアルガトロバンをラット損傷脳に局所投与して、炎症性細胞の集簇、接着分子の発現を組織学的に検討した。抗トロンビン剤は損傷脳において、創縁周囲における多核白血球、単球系細胞、Mac-1陽性細胞の集簇とICAM-1陽性血管の発現を有意に抑制した。CD34による創縁周囲の全体の血管数では差は見られず、この結果、ICAM-1(+)/CD34(+)は術後24、48、72時間で有意の減少を認めた。 [総括]抗トロンビン剤は脳損傷部近傍において、血管のICAM-1の発現を抑制する機序により炎症性細胞浸潤を抑えることが考えられ、急性炎症に引き続いて起こる二次的脳損傷を抑制する可能性が示唆された。
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