脳挫傷に代表される脳実質損傷に対しては、未だ病態をふまえた有な治療法は開発されていない。トロンビンは、組織修復に関わっている反面、中枢神経系においては様々な組織損傷作用を有する。本研究では、損傷脳においてトロンビンが関与する「炎症」の病態の解明と新しい治療を目的に、トロンビンの損傷脳における炎症性細胞の集簇に対する影響、接着分子の発現に対する影響を、過剰のトロンビンまたは抗トロンビン剤をラット脳損傷モデルに投与し、組織学的に検討した。 結果1:抗トロンビン剤を損傷脳に局所投与して、炎症性細胞の集簇、反応性アストロサイトの増殖を検討した。抗トロンビン剤は、細胞変性の引き金となる炎症性細胞の集簇や、瘢痕形成を誘導するvimentin陽性アストロサイトの増殖を抑制した。glial fibrillary acidic protein陽性アストロサイトには影響を与えなかった。 結果2:トロンビンを損傷脳に局所投与して、E-selectin、Intercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)の発現と多核白血球の集簇を検討した。トロンビンは、E-selectin、ICAM-1の発現を誘導し、多核白血球の集簇を促進した。 結果3:抗トロンビン剤を損傷脳に局所投与して、炎症性細胞の集簇、接着分子の発現を検討した。抗トロンビン剤は、多核白血球、単球系細胞、Mac-1陽性細胞の集簇とICAM-1陽性血管の発現を有意に抑制した。 【総括】トロンビンが血管における接着分子を発現させ、炎症性細胞の浸潤を引き起こし、急性炎症に引き続いて起こる二次的脳損傷を惹起する。トロンビンが脳損傷後に形成される瘢痕の主体であるvimentin陽性アストロサイトの増殖を促すことが明らかとなった。抗トロンビン剤により、これらの作用を抑制することで、脳損傷後の二次的障害を抑制する可能性が示唆された。
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