研究概要 |
我々は以前にヒト羊水中に癌細胞の浸潤を抑制する物質が存在することを報告した。この物質を精製し、アミノ酸配列を検索した結果Inter-alpha-trypsin inhibitor(ITI)の軽鎖であるbikunin(我々はurinary trypsin inhibitor [UTI]と呼んでいた物質)と同一のものであった。ITIはbikuninと2本の重鎖heavy chainより構成されているが、このITIには癌浸潤抑制作用はほとんどみられない。これはbikuninの活性基が2本の重鎖によりマスクされているからである。Bikuninの本来の生理活性はその名前の示すごとくtrypsin inhibitorであるのでtrypsin, plasminなどの酵素阻害作用を有する物質であり、ヒト羊水以外にも尿中に豊富に含まれていることが判明している。今回、我々が新たに解明したbikuninの生理作用として、 1)マウスおよびヒト癌細胞をtumor necrosis factor-betaやphorbol esterで刺激した系におけるprotein kinase CおよびMAP kinaseに関与する蛋白質、たとえばERKなどのリン酸化を抑制することによりurokinaseおよびurokinase receptor発現をmRNAのレベルで発現抑制した。 2)1の機序の一つとしてCD44 dimer形成を抑制して、MAP kinaseを介するurokinaseおよびurokinase receptor発現を抑制した。 3)1,2の機序により癌細胞の浸潤、転移を抑制することが証明された。 4)癌細胞にbikunin遺伝子を導入することによりマウスにおける卵巣癌転移を著明に抑制し、生存率を延長させることができた。 5)また、bikunin遺伝子のノックアウトマウス作成により雌マウスは排卵しないことが確認されたが、雄マウスには表現上正常と差を認めなかった。 6)ヒト尿由来のbikuninはシュウ酸カルシウム結晶形成を阻止した。 7)Bikuninは血管内投与、腹腔内投与、皮下投与、遺伝子導入のいずれの系でも毒性は認めなかった。 以上の結果より、癌転移抑制におけるbikunin治療(遺伝子治療も含めて)の安全性、有効性が確認された。
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