下顎半側切除症例では下顎が不安定で著しい偏位を伴い、上下顎の歯列が適正に咬み合わないため摂食・嚥下機能に重篤な支障を来す。このように下顎の偏位の大きな症例では、上顎残存歯列側にパラタルランプと称する下顎歯と咬合するようなプレートを装着して、咀嚼機能の回復を図ることが多い。 初年度は半側切除症例群4名と連続性を伴う部分切除症例群3名の2群について、6自由度顎運動測定器MMJI-E(松風社製)を用いて咀嚼、嚥下運動を記録した。分析は、上顎の咬合平面を基準平面とし、上顎切歯点を原点としてこれを下顎の仮想切歯点とした際の軌跡を描記し、さらに各機能時の前頭面、矢状面、水平面における下顎の回転角について算出し、比較、検討した。 その結果、仮想切歯点の運動では半側切除群の咀嚼運動は、部分切除群に比べ、前頭面の軌跡が開口時に著しく患側に偏位し、また後方に偏位する傾向が認められた。嚥下運動では両群とも運動範囲が小さいこともあり顕著な差は認められなかった。一方、回転角による分析では、半側切除群は部分切除群に比べ、咀嚼・嚥下運動ともに前頭面における回転が有意に大きく、患側方向に回転する傾向が認められ、回転角の分析は嚥下のように僅かな運動範囲においても顕著な差が認めらたことから、下顎運動評価の有効なパラメータとなることが示唆された。 次年度は上記の半側切除群に、前述のパラタルランプを装着し、その幅を変えた際の咀嚼、発音、嚥下運動について分析した。パラタルランプの幅はゴシックアーチ口外法による描記板上で誘導により側方運動可能な距離を3等分し、上顎残存歯列側にわずかに咬合接触を付与した床、口蓋側に可動範囲の1/3の距離幅を延ばし咬合接触面を広げた床、2/3まで広げた床、可及的に広げた床の4種類を装着した。その結果、パラタルランプの幅が狭い場合には、前頭面における下顎仮想切歯点の運動は咀嚼ストロークの幅が狭く不安定な様相を呈したのに対し、1/3以上に広げると咀嚼ストロークの幅が広がり、安定したストロークが連続する傾向が認められた。一方、発音機能時には、ランプの幅を1/3以上に広げると、下顎がランプ部に干渉したり、回避する運動が認められた。嚥下機能時は、ランプの幅を広げることにより、下顎の回転が減少し、下顎が安定する傾向が認めれた。以上より、上下顎の咬合接触の回復を図るために装着するパラタルランプの頬舌幅については、咀嚼、発音、嚥下の各機能を損なわず、より効果の得られる適正な幅の存在が示唆された。
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