ヒトを始めとする哺乳動物の脳と精巣には極めて高いパルミトイルCoA加水分解活性が存在し、その大部分がBACHと命名した長鎖アシルCoAチオエステラーゼによって説明される。この酵素の生理機能を明らかにすることを目的として検討を進め、今年度は以下の研究成果を得た。ヒトBACH遺伝子は第1染色体短腕(1p36.2)上に存在し、13個のエクソンから構成される約130kbの遺伝子であることを明らかにした。また、この遺伝子からエクソンの選択的な使い分けによって多様なisoformが生み出されることを示した。BACHisoformはそのN末端およびC末端領域で多様性を現し、特に選択的スプライシングによる挿入配列は新たな翻訳停止コドンを付加してC末端側領域1/5を欠失させる。この領域に含まれるアミノ酸配列の存在は、加水分解活性の発現にとって必ずしも必須ではないが、その中に見いだされるcoiled-coil構造を失うことは、酵素活性の著しい不安定化につながることが示唆された。またN末端領域に見いだされるミトコンドリア標的配列はin vivoでも機能し得ることが明らかとなり、BACHisoformのミトコンドリアへの分布が強く示唆された。一方、C末端の核移行シグナルは、今回用いた条件下では機能しなかった。以上、ヒトBACHのゲノム遺伝子構造、分子多様性とその発現様式、さらにBACHisoformの特性が明らかになった。マウスにおけるBACHの詳細な免疫組繊・細胞化学、ゲノム遺伝子構造と転写調節機構、発生発達過程における発現変化に関する検討も引き続き進行している。
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