ヒトを始めとする哺乳動物の脳と精巣には極めて高いパルミトイルCoA加水分解活性が存在し、その大部分がBACHと命名した長鎖アシルCoAチオエステラーゼによって説明される。この酵素の生理機能を明らかにすることを目的として検討を進め、今年度は以下の研究成果を得た。ヒトBACH遺伝子(1p36.2)はエクソンの選択的な使い分けによって多様な転写産物を生成したが、ヒト脳ではBACHa isoform mRNAが圧倒的に多く、マウス脳と精巣でも同様であった。このBACHa mRNAから翻訳開始点を異にする50kDaと43kDaのisoformが生成したが、その機能の相違は明らかでない。ヒトBACH遺伝子5'-上流7.3kbについて転写調節能を調べた結果、PPREやSREなど脂質代謝の調節に関連した転写因子の結合配列が見出された。しかしながら、BACH遺伝子の薬物誘導性安定導入細胞株を樹立し、放射能標識パルミチン酸を用いて脂質合成に及ぼすBACH遺伝子高発現の影響を調べたが、特に目立った変化は認められなかった。また細胞増殖速度にも変化は無かった。マウスにおける免疫組織化学的検討からBACHは神経細胞に局在し、細胞体だけでなく軸索や樹状突起にも分布していた。出生直後の脳で既に成獣とほぼ同レベルの発現が認められた。これに対して精巣ではその発現は主として精母細胞に認められ、生後性成熟に伴って発現レベルが上昇した。BACH遺伝子構造はヒトとマウスで良く保存されており、ヒトBACHを研究する上でマウスは良いモデル動物になることが示唆された。以上、BACH遺伝子の発現様式を明らかにすると共に機能解析に有用な実験系を確立した。
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