長鎖アシルCoAチオエステラーゼは、脂肪酸-CoAチオエステルを遊離脂肪酸とCoA-SHに加水分解する酵素の総称である。従来から、哺乳動物の脳には極めて高い長鎖アシルCoA加水分解活性の存在することが知られており、中枢神経系におけるこの酵素の重要性が推測されてきた。しかし、その生理的役割は未だ明らかになっていない。本研究に先立って我々はラット脳から当該酵素を精製し、cDNAクローニングを行って一次構造を解析した。その結果、BACH(Brain acyl-CoA hydrolase)と命名したこの酵素は全くの新規チオエステラーゼであり、脳以外に精巣においても構成的に発現することを明らかにした。そこで本研究ではBACHの機能解析を目的に以下の検討を行なった。1.ヒトBACHの性質と遺伝子構造;精製と遺伝子クローニング、2.ヒト脳におけるBACH遺伝子の発現様式;アイソフォームのスクリーニングと神経細胞内分布および転写調節機構、3.マウスBACH遺伝子の構造;遺伝子クローニングと発現、4.マウスにおけるBACHの組織分布;免疫組織化学と発達過程における発現変化、5.BACH遺伝子安定導入細胞株の樹立;遺伝子発現誘導、6.遺伝子ターゲティング。これらの検討から、ヒトを中心にBACHの性質や遺伝子の構造と発現様式についで、多くの重要な知見が得られた。さらに、BACHの機能解析にとってモデル動物としてマウスの有用性が改めて示され、組織分布等について詳細な検討を行なうことができた。本研究成果は、今後のBACH研究にとって有用な情報と研究手段を提供し、依然として機能の明らかにならない長鎖アシルCoAチオエステラーゼの理解に向けて大いに貢献するものと考える。
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