哺乳類のX染色体の不活性化は、雌体細胞中にある2本のX染色体のうち一方の転写活性を抑制する染色体レベルの現象である。不活性化されたX染色体は以下のような際だった特徴を有するようになる;不活性X染色体は異周期的複製を行い、その全長はXIST RNAで覆われる。この染色体は核膜周縁部でSex chromatin body(SCB)と呼ばれる凝縮した構造体を形成して、そのヒストンH4は高度に低アセチル状態となる。しかしこれらの形質の相互の関連や重要性についてはほとんど明らかにはなっていない。本研究ではX染色体のヘテロクロマチン形成に必要なトランス因子の単離を通じて、不活性化の開始-維持機構解明の手掛かりを得ようと試みた。 ヒト染色体としては不活性X染色体(Xi)のみをマウス体細胞中に維持する雑種細胞CF150中で、Xiは、(1)SCBを形成できず、(2)他のマウス染色体と同様にヒストンH4はアセチル化され、(3)XIST RNAの染色体への局在性も失う。同じXiをヒトHeLa細胞へと導入したところこれらの異常はすべて解消されたことから、Xiがその性質を呈示するに必要なトランス因子の存在が明らかになった。すべてのヒト染色体を一本ずつCF150細胞に導入して、これらの異常の相補を指標に関連因子遺伝子の検索に努めたが最終的な結論を出すには至っていない。 さらにCF150のXiをマウス胚性腫瘍(EC)細胞に導入して得たEC様クローンで観察を行った。導入されたXiは再活性化されたが、XISTは発現し続けていた。驚くべきことに、XIST RNAはこの再活性化X染色体全体をあたかも不活性X染色体の上にあるかのように覆い尽くしていた。クローンを分化させると局在性が再び失われることから、マウス細胞にはXist RNAの局在に関して性質の異なる2種の因子(未分化及び体細胞型)が存在していると考えられた。
|