本研究のテーマは「技術知とその表現に関する歴史的研究」ということであるが、2年間にわたる間の研究の結果として主として事例研究と理論的サーベイの二つの成果を出した。事例研究としては、冶金学者俵國一による日本刀の学際的研究に着目し、伝統的な作刀技術がどのように刀剣書において表現されるとともに、どのように近代科学によって分析され解明されるかという2点から「技術知の表現」のあり方を検討した。とりわけ「沸え」「匂い」といった言葉で表現される技術的特徴が、近代科学によってどのように分析され解明されるのか、という点について俵の研究を検討した。次に理論的サーベイとしては、技術知に関する近年の技術論・技術社会学等の文献を調査することを通じて、「絵・数・言葉・身ぶり-技術はいかに表現され、伝達されるか」という論文を執筆した。技術知には言語化や数式化できない技能知が含まれているが、技能が伝達されたり継承されたりする際にどのように表現されるのか。その問題をめぐって、技術史・社会学・文化人類学における近年の知見をまとめたものである。現場における指示ということによって貴重な情報が伝わるが、それとともに、技術の歴史的発展においては絵・スケッチ・グラフ・設計図・モデルといった視覚的に描かれた表象、作られた.立体モデル等が、技術的内容を伝える上で重要な役割を果たしてきていることが認められている。それらの多様な役割を本論文で検討した。
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