本研究は、地域住民の健康状態の地域差に着目することによって、地域間格差の実態とその変化の解明を目的としたものであり、日本における戦前の軍統計を用いて人々の健康状態の地域差を分析・考察してきた。この一連の分析は、地域住民の健康状態の地域差が生活条件の地域差、いわゆる地域間格差を示すことを前提としている。疾病ごとの地域差を地図化した結果、地域住民の健康状態の地域差が時間的に変化すること、その際、地域差のパターンには著しい変化が見られないことが明らかになった。このことから、地域差には持続性が認められること、住民の健康状態が、地域の中心・周辺構造を反映しうるものであることを指摘することができた。さらには、住民の健康状態から、生活条件の格差を生み出した当時の「近代化」という地域変化のプロセスについても考察を試みた。 ところで、研究代表者はすでに19世紀後半のオーストリア・ハンガリー帝国における徴兵検査資料を用いて、帝国内の明瞭な地域間格差を提示し、近代化の空間プロセスを読み取ってきた。そこで本研究は、この先行研究の分析結果と比較し、日本とヨーロッパとの比較を行うことを最終課題とした。その結果、住民の健康状態が、日本とヨーロッパのいずれにおいても、社会経済的な空間構造ときわめて類似していること、19世紀末から20世紀にかけての産業化のプロセスが両地域で異なるものの、この時期に健康状態の地域差が拡大したこと、それが産業化による都市と農村、中心と周辺の格差の拡大を意味していることなどの諸点が明らかになった。 なお、これまでに研究代表者は、地域住民の健康状態の地域差に関する地理学的研究を継続して行ってきたが、本年度には、これら一連の研究成果をも加えて、地域住民の健康状態に関する地理学的研究の方法論についても考察を行った。
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