平成12年度には、筆者がボツワナの国立古文書館での現地調査によって収集している古文書資料を、1930年代と1950年代のものに分けて、各時代におけるカラハリ中部のサンの生業における全体構造が示せるようにまとめていった。その結果、1930年代では、生業の中での毛皮(キツネ、ジャッカル、スティーンボックなど)を求める狩猟活動の比重が高く、農耕やヤギ飼育も営まれていたのであるが、1950年代では、彼らの生業の中で牛牧場への出稼ぎ労働の比重が大きくなった集団と、相変わらず伝統的な狩猟採集に依存する集団とに2分してきたことが明らかになった。また、これらの事例は、カラハリ北部や南部の動向とは異なる傾向を示していた。 さらに、これらの変化の要因については、1930年代では、イギリス植民地ベチュアナランドにおける徴税政策が影響しており、1950年代では、ベチュアナランドの南東部にとさつ場が整備されて、牛の商品化が進んだことが関与していたと考えられる。
|