研究概要 |
昨年度に引き続き神津島における西暦838年(承和5年)の天上山の噴火と西暦886年(仁和2年)の新島における向山の噴火によるテフラの分布調査および古文書の解読を行った。このうち平安時代初期の承和五年(A.D.838年)の神津島天上山火山と仁和二年(A.D.886年)の新島向山火山の相次ぐ噴火が古文書記録から明らかにされている。しかし両火山起源のテフラは堆積相や岩石記載的特性が酷似していることから遠隔地における識別が困難であった。そこで天上山と向山の両火山を起源とするテフラの現地調査と古文書にある噴火記事を原典から検討することによって両火山の噴火活動を復元することを考えた。現地調査は神津島新島本島・地内島式根島三宅島御蔵島利島伊豆大島八丈島伊豆半島東部(東伊豆単成火山群周辺)静岡平野(上土遺跡立石1区)千葉県光町(柴崎遺跡)で行った。噴火に関連する古文書記録については『日本書紀後編』,『日本紀略前篇』,『扶桑略記』,『釈日本紀』,『続日本後紀』,『日本文徳天皇実録』,『日本三代実録』に拠って,その内容をできるだけ原典史料に忠実に判読した。その結果古文書記録にある承和五年(838)の噴火に関連して『続日本後紀』ほかの歴史書にある「上津島」が神津島の旧名であることは明らかで,降灰も関東,東海,中部,近畿地方から日本海側の北陸方面にも及んだと報告されている。このような降灰の範囲と方向は現地調査の結果に近い。『日本三代実録』『扶桑略記』にある仁和二年の安房国降灰と仁和三年の新生島の絵図献上の記事についてはいずれも新島について書かれたものかどうか検討中である。
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