土器に吸着された脂質のうち、その主成分であるグリセリドと脂肪酸を個別に回収し、その組成が、時間や環境によってどのような影響を受けるかを検討した。試料は、1cm^3の土器片に、クマの脂を吸着させ、1)空気中、2)土壌中、3)空気を遮断した封管中に保管した。保管した期間は、数年前から準備した試料も含めて、最高855日間であった。土器片をそのままクロロホルム:メタノール(2:1)で30分間ソニケートし比較的土器の表面近くに残存した、いわゆる「弱く吸着された」脂質を回収した。脂肪酸とグリセリド゛はシリカゲル薄相クロマトグラフィーを用いて分離回収し、それぞれを水酸化トリメチルスルホニウムでメチルエステル化した後、キャピラリーカラム付きガスクロマトグラフィー(FID)で定量した。その結果、どの環境においても、グリセリド及び脂肪酸に含まれている不飽和脂肪酸のC16:1、C18:1、及びC18:2は時間と共に含有率が減少し、その結果として、飽和脂肪酸の含有率が増加する事が明らかになった。しかし、その変化の度合いは環境によって異なっていた。一番変化が著名であったC18:2の場合、空気中、及び土壌中に保存した試料は30日以内に消滅しているのに対し、空気を遮断した試料中のグリセリドに含まれているC18:2では、855日をすぎても、約75%が残存し、脂肪酸に含まれているC18:2では、その約50%が残存していた。この結果は、保存条件によって、脂質が分解せずに残留する可能性を示唆するものであり、今回のソニケーションでは抽出できなかった、「より強く吸着している」脂質や、より安定と考えられるステロールが、条件によっては分解を免れる可能性を示している。
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