土器に吸着された脂質を分析するに際し、我々はまず吸着した脂質構成成分が環境や時間と共にどのように変化するのかの基礎データを収集・分析・考察してきた。これまでに土器のモデルを作成し、既知のトリグリセリド、脂肪酸およびステロール類を吸着させ、異なる環境で組成及び回収率が時間と共にどのように変化するかを検討した。最終年度は国際基督教大学考古学研究室の協力を得て入手した縄文土器(賀曽利E式)から脂質を抽出して、特にステロール類の残存を調べた。 土器片をまず、そのままクロロホルム:メタノール(2:1)で抽出し、表面近くの脂質を抽出した後、土器を粉砕して内部に残っている脂質を再度抽出し、土器表面近くと、土器の中心部に深く浸透、吸着しているステロールを別々に検討した。残存有機物を分析する際、回収される絶対量が少ないことが常に問題になるが、抽出した脂質をまず加水分解し、生体内のステロール類の多くを占めているステロールエステルをステロールに変換してステロール類の検出量を大幅に増加することに成功した。ステロールは、トリメチルシリル化した後ガスクロマトグラフィーで定量した。煮炊きに使われたと推測される深鉢の底部5種類の土器片からはいずれも動物性ステロールであるコレステロールと共に植物性ステロールであるスチグマステロール、カンペステロール、β-シトステロールなどが検出された。すなわちこれらの土器は動物性及び植物性の油を含む物質を入れる容器として機能していたことが明らかになり、煮炊きに使われてとされている考古学的考察をサポートしている。また、土器中心部のステロール類の割合は表面近くと異なっていた。土器のマトリックス内にトラップされ、外部から守られている中心部に残存している脂質の分析は、分解や流出、後からの混入などが予測される表面近くと比べてより信頼できるのではないかと考えられる。
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