天然高分子材料の一つである漆は6000年も前から使用されてきた優れた塗料であり、接着剤である。明日香時代以降建築物、家具、食器、武具などを製作するのにはなくてはならない材料であった。これら文化財の多くは美術館や博物館に保存、展示されている。ところで、漆は非常に耐久性のある材料と信じられてきたが、漆が有機材料の一つであることを考えると、長期保存や展示に対して、必ずしも安定な材料とは言い切れない。一方、漆が有機高分子材料であるという観点に立てば、漆の変質は光、空気(酸素)、温度及び水分(湿度)の4つの要因が関係していると考えることができる。中でも美術館や博物館などでの展示、保存にあたっては、その環境状態から考えて、光の影響が最も大きいと考えられる。そこで本研究では美術館や博物館で多く用いられている美術・博物館用蛍光灯、一般家庭で多く用いられている昼白色蛍光灯およびシリカ電球の3種の光源を選び、漆膜に照射し、光沢、色差および表面の酸化状態を測定して漆膜の経時変化を調査した。光の影響の大きい美術品に対しては、照度を落として展示するような方法は博物館等で採られているので、照度の異なる場所に漆膜を置いた観察も行った。 その結果、美術・博物館用蛍光灯で照射した場合が漆膜の変質を最も抑制することが光沢や表面酸素量の変化などから明らかとなった。しかし、色差においては美術・博物館用蛍光灯においても他の光源の場合と同様、変化がみとめられ、いわゆる色あせる現象が認められた。照度に関しては、美術・博物館用蛍光灯が最も優れ、続いて昼白色蛍光灯、シリカ電球の順であった。ただし3001_x以下においては、照度と変質の程度は比例傾向にあるが、それ以上の照度にあっては照度を増加させても変質の程度は必ずしも比例するほどの変化は認められなかった。
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