天然高分子材料の一つである漆は6000年も前から使用されてきた塗料であり、接着剤である。そして明日香時代以来多くの家具、食器、武具、建築物などが漆を使って製作されてきた。これらは貴重な文化財である。文化財の多くは美術館や博物館等で展示されている。漆は非常に耐久性のある材料と信じられてきたが、実際は多くの漆塗りの器物は長年月の間に漆が剥げ落ちてしまって見る影もない。これは多くの神社仏閣で散見されることである。これは漆は有機物であり、有機物は本質的に無機物より耐久性が弱く、殊に光に対して極めて敏感なためである。本研究では漆に対する環境条件の影響を詳細に検討することを目的にしている。 昨年までは美術・博物館用蛍光灯と一般家庭で多く用いられている昼白色光蛍光灯による漆膜の劣化変質状況を比較検討した。その結果、美術・博物館用蛍光灯は漆膜の劣化をかなり抑えることが明らかとなった。今年度は湿度、温度、光を一定の通常の条件として、雰囲気ガスを変えた状態での変化を一年間にわたって調査した。すなわち、窒素、酸素、空気雰囲気中で漆膜を暴露し、外観評価である光沢、および色彩変化を追跡した結果、酸素雰囲気下で最も変化が抑制された。しかし、表面の酸化は進展しており、外観変化と表面酸化は対応関係にはないことが明らかとなった。また、期待した窒素雰囲気は好結果を生まず、また、表面酸素量も増加した。
|