本研究は、古代の金属糸の材質と製作技法について、考古学的な発掘によって出土した遺物を対象に、材料科学的な手法で解明するとともに、現在の金糸製作に至る歴史的変遷を概観することを目的とする。日本は現在では世界有数の金糸生産国となったが、現代の金糸は、表面を金で覆ったフィルムなどの基盤材で芯糸を覆うように撚ったものである。しかし、古代の金糸は、薄く叩き延べた厚さ10μm程度の金薄板を幅150μm程度のリボン条に裁断し、これをコイル状に撚って作った太さ約200μmの中空パイプ状である。現代工業技術では、細い針金はダイスで線引きして作られるが、古代の金糸の基本は、厚さ10〜20μmに金を打ち延べた金薄板の作成にあることがわかった。厚さ10〜20μmに金を打ち延べた金薄板は伝統的な金箔製造工程では、延金にあたるものと考えられる。遅くとも6世紀にはこの程度の金薄板を作り出す技術が確立されていたと考えられる。6世紀には、耳環などの装身具を中心に金薄板を用いた製作した事例が登場する。例えば、太さ2mmφの細型タイプの金製耳環が厚さ約20μmの薄板を多層的に重ねて構成されていることを電子顕微鏡による微細構造の観察から発見し、「金薄板積層成形法」と名づけた。また、金製や銀製の耳環の中には、銅製の本体の表面を金薄板で巻いたものも多い。さらに、古墳時代の馬具に使われた鉄製鋲の中には、約30μmの厚さの銀薄板で鋲の頭を巻かれたものも数例あるなど、金や銀の薄板を用いた金工技術は高度に発達していたことがわかった。古代の金糸は、このような金薄板の作成技術と深いつながりを持つことを考慮に入れなければならない。
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