本研究は、考古学的な発掘調査によって出土した古代の金属糸の材質と製作技法を材料科学的な手法で解明するとともに、現在の金糸製作に至る歴史的変遷を概観することを目的とする。日本は世界有数の金糸生産国であるが、現代の金糸は、表面を金で覆ったフィルムなどの基盤材で芯糸を覆うように巻いて撚ったものである。しかし、古代の金糸は、10μm程度の厚さに薄く叩き延べた金薄板を細く裁断し、これをコイル状に撚って作った中空パイプ状であり、材質、製作技術ともに大きく異なっている。コイル状に撚って巻いた中空構造は、柔軟性に富み、いろいろな形を作るのに適している。しかし、織りの段階から布地に織り込むのは難しい。おそらく衣装の布地の上に要所を留めて、さまざまな文様を表現したものと考えている。古代金糸の製作工程を考える上で注目すべきは、金薄板の製作が金糸作りの基本である点である。ここでいう金薄板とは厚さ10〜20μmに金を打ち延べたものであり、現代生活で用いる家庭用アルミ箔とほぼ同等の厚さである。このような金薄板を供給できる高度なテクニックが古代に確立されていたことは、金糸だけではなく、耳環などの装身具の素材としても同様の金薄板が使われていることによって確認した。6世紀後半の細型タイプの金製耳環の直径約2mmφの本体が、厚さ約20μmの薄板を多層的に重ねて構成されていることを電子顕微鏡による微細構造の観察から発見し、「金薄板積層成形法」と名づけた。また、金製や銀製の耳環の中には、銅製の本体の表面を金薄板で巻いたものも多い。さらに、やはり古墳時代の馬具に使われた鉄製鋲の中には、約30μmの厚さの銀薄板で鋲の頭を巻かれたものも数例あるなど、金や銀の薄板を用いた金工技術は高度に発達していた。古代金糸の製作技術は、金薄板を利用したさまざまな加工技術と深いつながりを持つという新しい知見を提出できた。
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