本研究では、先行研究の検討の後、より歴史授業実践場面に即した歴史理解形成の論理を言語表現の観点から探るため、調査対象を主に歴史教科書における「ことば」の構成と、主に中学校の歴史授業における「ことば」の構成に絞り、それらに対して、子どもが社会の出来事を理解する「物語の理解」という観点から分析と検討を行った。その際、(1)歴史事象に対する物語としての「筋」の構成、(2)過去の出来事を「物語る」言語行為における視点や問題関心、立場などの表現、の2点が子ども・教師・教科書においてそれぞれどのように行われているのかを検討の中心とした。その結果、以下のようなことが明らかになった。これらはいずれも、それ自体重要な研究テーマであり、今後これら個別の知見に対して精緻化をはかるべく、研究を進めてゆきたい。 1.一般に、歴史学習に深化がみられる授業では、物語的な「筋」の追求が学習発展の重要な契機となっている。一見物語性が希薄で概念的な解釈を中心とする授業でも、その追求は物語的な「筋」を契機として行われている。特に学習に工夫をこらした熟練教師の歴史授業となると、複雑な「筋」が学習過程で作り上げられてゆく。 2.一般に、子どもの多様な歴史理解が保障される授業では、教師の「ことば」において歴史事象を「語る」際の視点や立場が頻繁に移動する。このことは歴史事象を語る「ことば」の「時制」「態」「人称」などによく現れており、歴史理解の形成がこうした言語使用と深い関係があることが推測される。 3.歴史教科書に代表される「歴史教材のことば」には独特の構成と言い回しがあり、これに対して子どもと教師が交し合う「歴史授業のことば」は相対的に独自なものであるが、より工夫され、学習の深化した授業ではこの二つの「ことば」の世界が密接に関わり合うように構成されている。
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