研究概要 |
われわれは今回の研究テーマである前頭葉機能の本質に迫るべく、前頭葉を中心とする脳の前方部(前頭-側頭葉)に障害の主座を持つ変性性疾患である、前頭-側頭葉脳変性症(Fronto-Temporal Lobar Atrophy:FTLD)に関する症候学的な詳細な検討と、分類や障害の成因に関する情報を整理し報告した(Tanabe et al,1999;田辺,1999;鉾石ら,1999a;1999b)。さらにこの疾患の臨床的な経過観察を通して、この疾患に特異的な症候である、"我が道を行く"行動(going my way behavior)が脳の前方部を代表する障害であり、きわめて社会的問題性の高いこの行為を逆に利用し、道具的ADL(instrumental abilities of daily living:IADL)を高める方向へ有効に利用するケアの方法としてルーチン化療法を提唱した(Tanabe et al,1999)。この方法はこの疾患では前頭葉の支配を受ける辺縁系の活動が開放された結果強迫行動が生ずるが、それを利用したものである(田辺,1999)。また一方では潜在記憶と呼ばれる通常は意識されることのない記憶の一部が、FTLDでしばしば保たれていることが我々が新たに作成した課題により確認された(小森ら,1999)。我々が作成した潜在記憶の能力を評価する課題は運動性と知覚性という2種類の手続記憶課題(小森ら,1992;池田ら,1992)とプライミング効果を調べる熟語完成テストから成る。FTLDの代表疾患である前頭-側頭型痴呆(FTD)ではこれらの記憶は保たれ、側頭葉を中心に障害の主座をもつ意味性痴呆(SD)では手続記憶は保たれるものの、意味記憶をサポートするシステムであるプライミングが崩壊している可能性が示唆された(池田ら 1999;小森ら,1999)。また前頭葉が関与する記憶障害として前脳基底部損傷による健忘症例における記憶の取出しに関与する機構、ならびに頭部外傷例の注意やワーキングメモリの障害に関して報告した(牧ら,1999;根布ら,1999)。
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