研究概要 |
これまでに報告されている種々の環境汚染物質のうち、本年度は内分泌撹乱物質(環境ホルモン)のひとつと指摘されている有機塩素系殺虫剤ベンゼンヘキサクロリドが及ぼす培養心筋細胞への作用について検討した。 その結果、α-,β-,γ-,δ-の4種のベンゼンヘキサクロリドの異性体のうち、とくにγ体とδ体に心筋細胞への強い毒性作用が観察された。そのなかで、lindane(γ体)は心筋細胞に対して特徴的な非同期拍動を誘発させることを認め、また、lindane添加後の細胞に蛍光色素lucifer yellowをマイクロインジェクションすると、心筋細胞シート内の個々の細胞の蛍光色素の拡散率は正常な細胞シートに比べて著しく抑制された。これらの結果は、lindaneによって心筋細胞間コミニュケーションに何らかの異常が生じたことを示唆した。さらに、lindane添加時には心筋細胞間接合部、つまりギャップ結合部での細胞内遊離カルシウム濃度の上昇が認められた。しかしながら、細胞内pH値にはなんら変化は認められなかった。したがって、lindane添加時に観察される心筋細胞の非同期拍動の成因には、少なくとも心筋細胞間接合部のギャップ結合部位での細胞内遊離カルシウム濃度の上昇が関与していることが明らかとなった。 一方、δ体は心筋細胞内に特徴的なvacuolesを形成させ、毒性作用を誘発することを認めた。また、そのvacuolesはδ体添加後の心筋細胞の超薄切片の透過型電子顕微鏡像から、膨潤化したミトコンドリアである可能性が高いことを確認した。さらに、δ体添加後の心筋細胞内ATP含量は著しく低下し、ミトコンドリア呼吸酵素系のsuccinoxidase活性やNADH-oxidase活性も著明に低下した。 以上の結果は、有機塩素系殺虫剤ベンゼンヘキサクロリドは心筋細胞に毒性作用を誘発し、その作用は各異性体で異なった機構で生じている可能性が高いことを示唆した。
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