環境汚染物質、ヘキサクロロシクロヘキサンのγ-異性体(γ-HCH、リンダン)の心筋細胞間コミニュケーションに及ぼす影響とその作用機構を明らかにする目的で、ギャップ結合を形成し、同期拍動を行っている培養心筋細胞を実験系として検討した。 その結果、HCHはその異性体の種類により異なった毒性作用を示した。なかでも、γ-HCHは心筋細胞に非同期拍動という特徴的な不整拍動を誘発し、lucifer yellowの隣接細胞への拡散速度とその割合を著明に低下させた。この結果は、γ-HCHがギヤップ結合を介した心筋細胞間の興奮伝達に何らかの異常を引き起こすことを示した。また、γ-HCHにより心筋細胞に非同期拍動が生じた時には、ギャップ結合の存在する心筋細胞間接合部で、局所的な細胞内遊離カルシウム濃度の上昇が認められたが、細胞内pHには変化は認められなかった。この結果は、γ-HCHによって心筋細胞間の接合部、つまりギヤップ結合部位で遊離カルシウム濃度が上昇し、ギャップ結合が"閉"の状態に陥った可能性を示した。さらに、γ-HCHは心筋細胞のギャップ結合タンパク質、コネキシン43のうち、リン酸化コネキシン43量を減少させ、その作用はproteasome阻害剤(コネキシン43分解系阻害剤)の前処置によって著明に抑制された。 以上の結果は、γ-HCHが心筋細胞に非同期拍動という拍動異常を誘発し、この非同期拍動の発現には、γ-HCHによる細胞間接合部での局所的な細胞内遊離カルシウム濃度の上昇、ならびにproteasome系ギャップ結合タンパク質の分解亢進によるリン酸化コネキシン43量の減少が関与していることを示した。また、これらの知見は、これまでに報告されているγ-HCH投与時に見られる心電図異常などの心毒性の成因となりうる可能性を示唆した。
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