タンパク質主鎖のアミド水素の重水素(H/D)交換反応の経時変化を高磁場FT-ICR質量分析法(FT-ICRMS)により追跡するという方法論により、卵白cystatinがその標的酵素であるpapainと結合することによりもたらされる構造変化について解析を行った。その結果、以下のような事が明らかになった。 1.cystatin単独ではフレキシブルだったN-末端部分10残基のアミド水素のH/D交換は、cystatin-papain複合体の形成により大幅に抑制され、N-末端部分のアミド水素はpapainとの複合体の形成において新たに水素結合を形成していると示唆された。 2.複合体形成により、cystatinのhairpin loop部分Pro(113)-Gln(107)のアミド水素のH/D交換反応は、N-末端部分ほどは顕著に抑制されなかった。この部位は疎水性相互作用により複合体形成に関与するものと考えられる。 これらは、NMRやX線結晶構造解析の結果とよく一致するものである。 N-末端の不揃いなcystatin(N-末端5〜9残基が欠失しているものとfull lengthのものの混合物)についてpapainとの複合体の形成を、エレクトロスプレー(ESI)FT-ICRMSで解析したところ、N-末端が欠失しているものは複合体の分子量関連イオンがほとんど観測されなかった。これは複合体の形成にはN末端部分が重要であることを示しており、上述1.の結果とよく一致するものである。 次に膜タンパク買の構造解析を目指し、モデル系として脂質ミセルとの相互作用によるペプチド(melittin)の構造変化に関するH/D交換反応とFT-ICR MSを用いた解析を行った。melittinは脂質ミセルの存在下にはH/D交換反応が大幅に抑制され、脂質非存在下とは異なる安定な構造をとっていることが確認された。
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