研究概要 |
32個のアミノ酸残基からなるペプチド・ホルモンであるヒト・カルシトニン(hCT)は,溶液条件に依存して,β-アミロイド様の会合体を形成すると考えられている。我々のこれまでの研究から,hCTのコンホメーション状態は,溶質濃度と温度をパラメタとして,溶液のpHと六弗化イソプロパノール(HFIP)濃度を変数とする空間で,解鎖,α-へリックス,会合状態の3つの構造相に分けられることが明らかになった。具体的には,円偏光2色性と蛍光スペクトルをプローブとするhCTの立体構造転移とストップトフロー法による動力学的性質の解析から,以下を見出した: (1)hCTは,HFIP水溶液中で多様な構造状態を示す:pH【less than or equal】4.9,[HFIP]【less than or equal】10%(v/v)ではランダム・コイル(RC)様の解鎖状態,[HFIP]【greater than or equal】10%(v/v)ではα-ヘリックス(αH)状態をとる。pH【greater than or equal】4.9ではHFIPの中間濃度でアミロイド様会合体が現れる。pH7では,[HFIP]【less than or equal】5%(v/v)でRC,5〜15%(v/v)では会合体,【greater than or equal】15%(v/v)では安定な単分子のαH状態をとる。即ち,室温で3つの構造状態相を示す。 相の境界を越えて溶液条件を急変させると,構造状態間での転移過程が観測される: (2)pH7.0で,hCT濃度をパラメタとして,HFIP濃度をジャンプさせて会合体形成のキネティクスを測定すると,hCT濃度が高いほど,またHFIP濃度が低いほど会合速度が大きくなる。 (3)HFIP添加によるhCTの線維化は,ランダムコイルからのα-へリックスの生成と,それに続く分子間β-シートの形成を経て進行する。線維化におけるHFIPの役割は,HFIPの疎水クラスターがhCTの周囲に形成され,ランダムコイルからα-へリックスに転移する場を提供していると予想される。但し,20%(v/v)以上の高濃度のHFIP添加は,α-ヘリックス構造を安定化して,寧ろ線維化を阻害する。
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