ATP駆動型の生体分子モーターであるミオシンとキネシンのエネルギー変換機構を考える上で、これらの2つの分子モーターの共通する構造とそれぞれ特有の構造に注目することは重要なことである。ミオシンとキネシンは相同性の極めて高いモータードメインを持っており、ATPが結合して加水分解が起こり化学的なエネルギーを引きだす共通の機構を示唆していると考えられる。一方それぞれの分子モーターに特有の構造は、ATPの化学的なエネルギーを変換して異なる変換機構でアクチンあるいは微小管上を滑走することに密接に関係すると思われる。このような考えに基づいて本研究計画では、ミオシンとキネシンのそれぞれに存在する特徴的なループに着目して、それらのATP加水分解に伴う構造変化を解析することにより、これらがエネルギー変換を行う上で重要な役割をしている可能性を示すことができた。 ミオシンに存在する特徴的なループの中で、ATP結合部位の近傍に存在するLoop MはATP加水分解に伴い構造変化を起こし、またアクチン結合部位と情報伝達していることが示された。ミオシンのLoop Mは骨格筋ミオシン以外のconventionalミオシン(myosin II)においてよく保存されており、エネルギー変換部位の一つとして働いていると考えられる。これを裏付けるように、平滑筋ミオシンにおいてもLoop Mがアクチン結合の影響を受けることが、本研究から示された。 キネシンに存在する特徴的なループL5はエネルギー変換機構に直接関与していることが、遺伝子操作で作製したキネシン変異体を用いた実験から明らかになった。このループL5はエネルギー変換ばかりでなく滑走する方向性も決定している可能性があり、極めて重要な役割をしていると考えられる。 これらの分子モーターに存在する特徴的なループは独立した機能をもつ部位と考えることができ、生体分子機械において重要な役割を担っていると考えられる。たとえば、ミトコンドリアのADP/ATPキャリアーでは、ペアーになったループの協調的なスウィングによりヌクレオチドを輸送している機構が提唱されている。またミオシンがアクチン上を滑走しているとき、ミオシンモータードメインのアクチン結合部位にあるループだけがアクチンと接しており、何らかの機能的な働きが行われていると考えられる。ミオシンやキネシン以外の生体分子機械においても機能的な役割をもつ特徴的なループを見いだし、その機能が明らかにすることは生体分子機械の仕組みを明らかにする上で極めて重要なことであると思われる。
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