多くの細胞に対して強力な増殖因子として働くEGF(上皮増殖因子)は、限られた種類の細胞株でSTAT1(Signal Transducer and Activator of Transcription 1)を活性化し、増殖抑制やアポトーシスを誘導することが示されていた。本研究で我々はまずEGFが食道扁平上皮癌細胞株30株中3株において増殖抑制を誘導することを見いだした。EGFはこの3種の細胞株ではSTAT1を活性化したが、他の細胞株では活性化しなかった。さらにEGFは初代培養正常食道扁平上皮細胞においてもSTAT1を活性化した。また、我々はウシ食道上皮基底層の細胞は恒常的にSTAT1が活性化された状態にあることをも見いだした。このSTAT1の活性化は唾液中に含まれるEGFによるものである可能性が考えられる。さらに興味深いことに、上記のEGF/STAT1 pathwayが陽性である3種の食道扁平上皮癌細胞株が由来した患者は、他の患者に比べその予後が劇的に良好であった。以上から、EGF/STAT1 pathwayは食道扁平上皮細胞に本来備わっているものであり、食道扁平上皮癌の多くで失われていると考えられた。さらにこのEGF/STAT1 pathwayの欠失は臨床的予後を悪化させる重要な因子であると考えられた。これらの知見は食道癌進展の重要なステップを指摘するとともに有用な臨床的応用の開発を導く可能性を有している。以上の研究は京都大学大学院医学研究科遺伝医学講座腫瘍外科学の渡辺剛博士、今村正之教授らとの共同研究である。
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