Hic-5は一次構造上paxillinに近縁の蛋白質であり、繊維芽細胞の細胞基質接着部位に局在して観察される。このことから、インテグリンや成長因子などの刺激に対する細胞応答においてHic-5が何らかの機能を果たすことが予想される。一方Hic-5が核に存在し、細胞の老化やストレス応答に関連した役割を担うとする報告もある。そこでHic-5の特徴的な細胞内局在様態に着目しつつHic-5の機能を解明することを目的に本研究を行った。まず細胞表面からの刺激による細胞内シグナル伝達経路におけるHic-5の関与を検討するため、Hic-5のチロシン燐酸化動態を観察した。Hic-5を内在性に発現する細胞では、細胞の浸透圧刺激でHic-5のチロシン燐酸化が観察される。Hic-5を内在性に発現しないCOS-7細胞にHic-5を発現させた系では、CAKβやFynを共発現させることによってのみ、刺激依存性のチロシン燐酸化を観察することができた。この燐酸化はHic-5の第60番目のチロシンに生じ、その結果Hic-5はCskのSH2に対し特異的に結合した。このことはHic-5がCAKβやFynの活性化に依存して燐酸化し、蛋白質間結合によってシグナルを下流に伝えていることを示唆する。一方、焦点接着の形成と細胞伸展にpaxillin分子のチロシン燐酸化が深く連関していることが報告されている。そこで、焦点接着におけるpaxillinを近縁のHic-5によって置換すべく、アデノウイルスベクターを用いて細胞にHic-5を大過剰発現させた。その結果Hic-5を発現群ではインテグリン刺激下の細胞の伸展につき対象群と比べて顕著な減縮を生じた。Hic-5がpaxillinに特有なチロシン燐酸化シグナル伝達モチーフを欠くことから、これらのモチーフが焦点接着の再形成や細胞の伸展に際して重要な役割を演ずる可能性が示唆された。Hic-5の第60番目のチロシンを介するシグナル伝達によっては、それらの機能を代替することができないと考えられる。
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